「今、そこにみはしがあったら、あんみつ食べたい?」
お寿司をもりもり食べている時に、隣の友人がそう尋ねてきた。
友人は私がみはしのあんみつに夢中なことを知っている。
だからこのタイミングでみはし愛を試すような質問をしてきたのだ。
「食べたくないかなぁ……」
私の返答を聞くと、友人は手元の茶わん蒸しに視線を落とした。
しまった、がっかりしている。どうやら誤解を与えてしまったらしい。
私はいつ何時でもみはしのあんみつを愛してる。
だからこそ今は食べたくない理由がちゃんとあるのだ。
きちんと説明しなければ。
「この満腹の状態であんみつを食べに行くのは、みはしに失礼」
友人のまぶたがぴくっと動いた。
「みはしのあんみつの魅力にボリュームっていう要素があるんだけど、それはおなかに余裕がないと100%楽しみきれないから……」
友人は顔を上げ、こちらをじっと見つめた。
「前までは胃袋にちょっとでも余裕があればギリギリまであんみつを詰めこみたいと思ってたけど、今はちょっと変わってきてるかも。
空腹にあんみつを入れた時の多幸感が……あれが本当にやばい。
朝昼は何も食べずに空腹状態を作り出して、夕方に体が仕上がったらみはしへ駆けこんで、あんみつをキメる。この喜びを知ったらもう戻れない。
だから満腹の今、みはしには行くわけには……」
私がひと通り話し終わると、友人は巨峰のように瞳をキラキラさせて頷いていた。
よかった、みはし愛がちゃんと伝わったようだ。
愛してるから食べたくない時がある。無事に誤解が解けてほっとした。
動きだす「みはし会」
定期的に集まってはみはしのあんみつを食べる「みはし会」という10人ほどのグループラインがある。
そこへ先日の友人からメッセージが届いた。
誤解が解けたどころか洗脳できていた。うれしい。
友人は持ち前の行動力で日程調整ツールを作成し、参加メンバーを募った。
飢餓みはし……こんな字面はじめて。
みはしのあんみつはボリューム満点、飢餓とは正反対の概念だ。まさかこんな文字列を目にする日がくるなんて夢にも思わなかった。
飢餓みはし、最高にゾクゾクする響きじゃないか。
日程調整の結果、参加者は私を含めて5人となった。
みはし会に在籍している10人全員、いつでもみはしのあんみつを欲しているが、今回の飢餓みはし参加者は特に過激な思想を持つメンバーが揃ったように思う。
飢餓みはしに向けてこんなコメントをしていた。
「胃がパニックになっちゃう……! いいですね」
「頭がおかしくなりそうでいいですね!」
「店内で泣いちゃうかもしれない」
「気絶もしたい!」
合法的にキマりたい、そんな過激なやつらが集まってしまった。
からだを飢餓状態に仕上げる
みはしであんみつにありつくまで全員で山ごもりをして体作りに励みたかったが、それぞれの生活があるので難しい。
飢餓状態は各自で作りだすことになった。
前日から食事を抜く、ジムで体を追いこむ、目の前で作られた焼きそばに手をつけず精神統一するなど手段はさまざまだ。
私の経験上、24時間の空腹がおいしくあんみつを食べられるボーダーラインだと思う。あまりハードに飢えすぎても良くない。
水分や塩分補給は普段通りにして、万全の状態で挑みたい。
各自、 健康面に注意しながら体を仕上げていった。
飢餓みはし当日までは、グループラインでお互いの近況を報告しあった。
近況報告というか「空腹で頭がおかしくなりそう」みたいな内容だった。
全員がみはしのあんみつでキマりたいが為に苦しみ、ギリギリのところでふんばっている。
私はその健気で美しい姿に胸がいっぱいになった。
空腹の先にはきっと世界で一番おいしいあんみつが待っている。
つらいけどがんばってほしい。みんなで天国へ昇ろうよ……!
私は待ち合わせ30分前に最後の仕上げに取りかかった。
みんなの飢餓感を最大限引き出したい。
ラインにあんみつの官能的な写真を大量に放りこんだ。
阿鼻叫喚になった。
私たちは今、極楽浄土に恋焦がれながら地獄のど真ん中で苦しんでいる。
待ち合わせ時間まで阿鼻叫喚コンサートが終わることはなかった。
いよいよみはしへ入店
10分前に待ち合わせ場所の東武百貨店の入口に着いた。
そこは店内からかぐわしいパンの香りが漂ってくる、これまた地獄のような場所である。
すでに顔が真っ白の、体幹がくちゃくちゃになった友人がかろうじて立っていた。地獄の底から這いだしてきたのだろう。早く救いだしてあげたい。
しばらくして全員がそろった。
数分前までライン上で阿鼻叫喚コンサートをしていたので、さぞかしみんな興奮状態だろうと思っていたが、ぜんぜん覇気がなかった。
宙を浮くような足どりで、たまに小声で会話をしながらエスカレーターをぞろぞろ下りる。飢餓パレード。これがリアルな飢餓なのか。
夜ということもあってスムーズに入店できた。
メニューを開き、己と向き合う。心と体が欲するままに注文したい。
するとどこからともなく「あんみつと一緒にお雑煮も食べたらさぞかし……」というつぶやきを耳にした。
サウナ界ではサウナと水風呂を交互に入り、血流をコントロールしてトランス状態に入る「交互浴」というのがあるが、みはし界にも全く同じ仕組みがある。塩っぱいのと甘いのを交互にいきトランス状態にもっていく、みはし交互浴だ。
しかもそれを飢餓状態でやったらどれだけの快感になるのか想像できるだろうか。
精神が整いきってしまうに違いない。
私たちは今、快楽にもっとも貪欲なのだ。
お雑煮を頼まない手はなかった。
一番乗りでテーブルに運ばれてきたのはお雑煮だった。
閉店間際で材料がなかったようで、1杯のみ。
手前にいた黄色い服の友人がお雑煮を受け取った。
「あったかい……」
まるで赤子を愛おしむかのようにお雑煮を持ったままフリーズしていた。
そろそろ限界なのかもしれない。
お雑煮はたった一杯。奪い合いになるのかと思いきや、みんな膝に手を置き、遠巻きにお雑煮を眺めた。
なんなんだ、私たちはこのまま死んでいくのか。それとももう死んでいるのか。
「ちょっと一回あけてみるだけ……あけてみる……?」
「あ……」
「はぁあぁぁぁぁぁぁぁ………」
淡く美しい色合いと、湯気と共に立ちのぼる出汁の芳醇な香りに、ため息とも悲鳴ともつかない声があがる。きっと霊が成仏する時もこんな声が出るのだろう。
「いったん吸わせて……!」
私たちは湯気だけを吸いこんだ。恍惚とした。そして誰も食べようとしなかった。今の私たちには刺激が強すぎたのだ。
そして、再びフタをしめてお雑煮はテーブルの中央へ。
ついにあんみつとご対面
お待ちかねのあんみつがテーブルに出揃った。
いつもみはしに集まった時は、全員のあんみつを中央に寄せて集合写真を撮るのがお約束である。
これは別の会のあんみつ集合写真。あんみつの迫力にみんなとても盛り上がる。
しかし、今回の飢餓みはしは違う。
各々が自分の目の前のあんみつを数枚撮影したと思ったら、一目散にスプーンを握りしめた。
我々は中央にあんみつを集めている場合じゃないのだ。
私はかぼちゃあんみつに、さらにかぼちゃアイスを追加したダブルスタイルにした。味変要員として杏も追加。
特に意識していなかったが、なんだか神秘的な写真になった。
情緒も写真に表れている。不思議だ。
お雑煮を赤子のごとく抱きしめていた友人のあんみつ。
フルーツクリームあんみつにかぼちゃアイスと求肥のトッピング。
この日一番の盛りだったのではないだろうか。
友人はあんみつをひと口含んでこうつぶやいた。
「舌がしびれてます」
隣に座っていた友人のあんみつ。かぼちゃあんみつに白玉をトッピングしている。涼しげな一杯だ。
そういえば待ち合わせの時からひとりだけ暑がっていたので、涼しくなりたいという思いが写真に表れたのかもしれない。
そして食べ終わったら寒がり、お店を出たらまた暑いと言い汗をかいていた。
正真正銘の交互浴がみはしで成立していた。
待ち合わせの時に体幹がくちゃくちゃになっていた友人のあんみつ。
かぼちゃあんみつに栗、杏、白玉をたっぷりと追加している。
こんなにも理性をふりきったトッピングなのに、ひと口食べると背筋が伸び、みはしのあんみつの素晴らしさを哲学的に語ってくれた。
まるで人が変わったかのようだった。友人にとってみはしのあんみつは、知恵の実だった。アダムとイブのように目覚めたのだ。
正面に座っていた友人のあんみつ。カボチャあんみつにソフトクリームと栗をトッピングしている。
このあんみつが友人にどのような変化をもたらしたのかは、ご本人の様子を見てご確認いただきたい。
食前
食後
彼女は野獣から菩薩に生まれ変わったのだ。
今回、どのメンバーよりもハードに飢餓を仕上げてきたから、こんな奇跡が起こったのかもしれない。
「あんみつの糖質キックでバキバキにキマりたい」
これは後世に残したい彼女の名言である。
全員、一心不乱にあんみつを食べた。
そしてたまにお雑煮を挟み、すすり泣いた。
私たちは全員もれなく昇天した。
大変よくキマりました
飢餓みはしにはそれぞれのキマりかたがあった。
ある者は舌がしびれたと言い、
ある者は発熱と解熱を繰り返し、
ある者は哲学的になり、
ある者は菩薩になった。
スリリングでとても楽しい夜だった。
みんなに感謝したい。
ありがとうありがとう……
※飢餓みはしは健康を害する危険があります。過度な絶食や運動などは絶対にしないようにしてください。
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現在は電子版のみですが、第1弾と第2弾そろっています。
▲同人誌第1弾 表紙
第1弾はガイドブック風。だいたい3~4万文字ぐらい
▲同人誌第2弾 中身
第2弾は写真集風。官能的な写真と私の感情が綴ってあります
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